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「親離れできれば生きることは楽になる」加藤諦三著|とても学びの多い一冊「親子共依存に特におすすめ」

先日、Twitterでお見かけした加藤先生の著書「親離れできれば生きることは楽になる」を読みました。

とても学びの多い1冊でした。

「親子共依存で苦しんでいる人」「行き難さの理由を模索している人」にはお勧めの1冊です。

親子関係の共依存は、母子関係に非常に強くでるケースが多く、母親との関係性に悩む女性が多い、といった印象ですが、男性だったり、父親との関係に悩むケースもあります。

加藤先生のこちらの本は、父親との関係で悩む男性「父子共依存」の方にはとてもハマる内容ではないかと感じました。

自分自身の備忘録として、感じ入った個所などを取り上げながら感想とともに紹介します。


「はじめに」より

原文をもう少し引用したいと思います。

親は、愛と言う名のもとに、自分の感情を一方的に押し付けた。

しかも押し付けているとは思わず、その結果、子どもの情緒は成熟できず、子どもはいつまでたっても親離れできないことになる。子供は、親の望む勘定だけを持ち、親の期待に反する感情を持つことを自分に許さなかった。そして、生きている実感を失ってしまった。

(略)

私自身、自分の過去をふりかえって、自分の心が健康だったとは逆立ちしても言えない。私自身、病んでいた。

引用:親離れできれば生きることは楽になる:加藤諦三先生著

本当にこの通りで、「愛と言う名のもとに、自分の感情を一方的に押し付けた」

「愛情をもって」「親だから」「あ棚の為を想って」という枕詞をつけて、未熟な母親は私に、彼女の心の面倒を見ること、彼女が上機嫌できる為に何をすべきかを誘導していた過去を思い出す。

ずっと、母のご機嫌を取ることに必死だった。でないと食事が貰えなかったり、折檻されたり、兄弟とに隠され、自分だけが愛情をもらえないみじめな状況を味わうことになったから…。

「親の望む勘定だけを持ち、親の期待に反する感情を持つことを自分に許さなかった。」

子の箇所が目に飛び込んできたとき、過去の自分に「ごめんなさい。ごめんね」と胸が締め付けられる思いがした。

そして、こう続く

「そして、生きている実感を失ってしまった。」と。

この実感がある人はいるのだろうか?と思ったのも事実。

実際に私は、「生きている実感」を失った状態で何年も自分自身を騙し続けて、親の言いなり、親の望む状況に可能な限り近づけるように、といった指標を最優先に生きてきていた。

実感があれば、あったで辛いとも思う。でも、「生きている実感を失う」「自分を失う」という状況に気づかないままに成人してしまうことも、深い闇だと感じた。

はじめに、の締めくくりの言葉も深い。

「私自身、病んでいた。」と加藤先生は「はじめに」を締めくくっている。

そして思った。「私も、病んでいた…」と。

「親から心理的離乳をせよ:親の防波堤になる必要はない」までを読んで

 

かつての私も

  • 感情表現が古代
  • 大仰な物言い
  • 人生かけがち
  • 誰も自分を理解してくれない(孤独)
  • 不幸であることに重きを置きがち(悲劇のヒロインルール発動)
  • 比較・自尊・対抗・否定・マウント・虚栄

が大好きだったように思う。自分が不幸であればあるほどに安心する。自分がどんなに嫌だったとしても、周りの人間からの評価を得たくて、何かを我慢したり、行動したりすることが多かった。

何かに取り組むときには「死んでもいいから」という思いで取り組む。まさに、人生かけがち。

誰も自分を理解してくれない。そして、この本にはないけれど、「いつか本当の両親があらわれる」と心から信じていた。(まごうことなき生みの両親だったけど…)

誰かといつも比較して、自分の自尊心を保つために対抗し、相手を否定するための材料を狡猾に探し、必要があればそれを効果的な場面で使えるように準備。マウントをとる。

書いているだけで気分が悪くなる。そして、一番恐ろしいのは、その自覚が無かったこと。

自分が正しいと思える為の材料集めをする。でも自分も努力はする(方向は間違っているけれど)。だから、私は悪くない、頑張ったのだと、呪文のように唱えながら生きてきていたと思う。

砂上の城とはまさにこのことだと思う。

子供が過剰なまでに親に適応するのは、自分に偽の存在感を与えている親の関心を失うことが怖いからである。

過剰反応は、親の関心と容認を失うまいとする戦いなのである。親は自分のいいように子供を操作する。しかし他人を操作しようとしている人間は共感的能力が欠如しているから、この子供の痛々しい気持ちが全く理解できない。

引用:親離れできれば生きることは楽になる:加藤諦三先生著

-親の防波堤に貼る必要はない-より

とある。そしてこの後こう続く

親の容認を得ていると言っても、子どもにとってそれは決して自分の存在の全的容認ではない。よく勉強して親に忠実である限り、という枠づけられた容認である。

引用:親離れできれば生きることは楽になる:加藤諦三先生著

-親の防波堤に貼る必要はない-より

とくにこの部分が悲しい。「親に忠実である限り、という枠づけられた容認である

これ、読みながら胸に来るものがありました。なのでTwitterにメモしたんですよね。そして、今これを書きながらも、胸の真ん中が空洞化するような何とも言えない気持ちになります。

どうしてこんなにひどいことを、私は自分にしてしまったんだろう…と。

その理由はわかっています。そうでなければ、親からの愛情を感じる術がなかったからなのだと。だから、仕方がないことなんだな、と、「今」は思うことができます。

そして、過去の自分に「ごめんなさい」と思う。

インナーチャイルド、アダルトチルドレンという単語を知ることになった20代の頃、「貴方の中のインナーチャイルドを抱きしめてあげて」ということが難しかった。20余年が経過して、今、ようやっとそれができるようになったのだなぁと。

そして、ごめん。と思う。当時の私にも、当時の私の周りにいた人にも。

この続きは更に、悲しい分析が続く

消極的否定的な親は、子どもを防波堤にして生きる。たとえば、子どもに自分を称賛させることで生きている実感を得ようとする。

過剰反応のあなたは、消極的否定的に生きる人間の防波堤になっているにすぎない。

引用:親離れできれば生きることは楽になる:加藤諦三先生著

-親の防波堤に貼る必要はない-より

親なのに…ね。

自分が安心するために、自分の自尊心を守るために、自分の不安や不満を子供に押し付けて…。

大人になってから、家族が集まると母が何度も口にした言葉を思い出した。

「雨水にはずっと頼りっぱなしで…。私、今でも覚えてるの。私が色んな愚痴を言っていた時にね、雨水がね『お母さん、私、まだ4歳なんだよ…』って言ったのよ…」

「あの時にね『ああ、この子はまだ4歳なんだな…』って思ったの…。ダメな母親だって…」

そして、母からこの話をされるたびに、そのシーンは覚えていないけれど、私が幼い頃、年中台所の床に二人で座り込んで、母はエプロンで涙をふきふき、祖母に対する愚痴や子育てに対する愚痴、自分(母)がいかに頑張って苦労しているか…をとうとうと私に話して聞かせていたのを思い出す。

母は、この「クソみたいな母親である」という自覚はさほどなく(多少はあったかもしれないけれど)、どちらかと言うと、「私の娘(雨水)は、4歳の頃には既に、大人の愚痴を聞けるほどに聡明であった。優しい子であった」という主張と、「聡明な娘を育てることに成功した母親である自分は素晴らしい」という主張を周囲にしたかったのだと思う。

そして、拗れている点では、彼女もまた、自分でその自覚が無いことと、本来は(おそらく)純真な部分があることから「申し訳ない」という気持ちが少し内在していたようにも感じる。

当然、祖母から受け継いでいる「良妻賢母であるべき」「子供を悲しませてはいけない」という上っ面のルールもそこに存在したことも、感じる。

拗れているにも程がある…と悲しくなる。そして、切ない。

この章の終わりに大切な一文がある。

「忘れてならない言葉は、”誰も私を責めてはいない”である」

これを繰り返し、繰り返し心の中だけでも唱えることで、ドラクエのホイミ位の効果はあると思う。そして、唱え続けることで、この言葉はホイミからベホイミ、ベホマまで昇華する実感が、経験としてある。

私の場合は「私は、私のままで大丈夫!」が回復呪文だったけれど。似てる。

この章を読んでいて泣きたい衝動にかられたのは、「私は可哀そうだった…」なのだなぁきっと。インナーチャイルド、抱きしめ大作戦。大事。

「どんな親に育てられたか-良い子はこうしてつくられる-」より

とても強い、なじみのある言葉が並ぶ

周囲の人間に、明るい気持ちでいろ、感謝しろ、元気をだせ、あの人をくだらない人間と思え、俺を尊敬しろ、このことを世の中で最も尊いと思え、あのことを軽蔑しろ、あの人よりこの人の方が偉大であると思え、…次から次へと要求を出す。

(略)

圧倒的に強い立場の親に本気で拒否されたら、子どもは活きていけない。

引用:親離れできれば生きることは楽になる:加藤諦三先生著

-良い子はこうしてつくられる-より

毒親のお手本がいかにも言いそうな言葉。そして、私もずっとこうして押さえつけられてきた。そして、この章の終わりの言葉にハッとした。

恩着せがましい人間は、愛することそのことのなかに満足を見いだせない人間である。だから相手の感謝を要求することになる。

引用:親離れできれば生きることは楽になる:加藤諦三先生著

-良い子はこうしてつくられる-より

私にもないだろうか?と自問した。

今は、多分、かつてほどは…ない。と思う。

ただ、やりたいからやる。目の前の人にしたいことをする。

愛情だったり、友情だったり、あたたかな感情から自然にでる言動をそのままに。

でも、どうしてもコンディションが悪い時には、少し自分自身で無理をすることがある。そんな時に、見返りに「感謝の言葉」や「嬉しそうな様子」をどこかで求めてしまうことがある気がする。

きっとこれも、毒のもので、まだ私の中に残っているものなのだろうと思う。

残念だけど、まずは認めようと思う。認めることで、次に進める。認めないと、その毒を取り除くことはできないから。

認めれば、それを取り除く手立てがあるのだから。

「周囲からの”比較”を無視すること-共に生きることの重要さ-」より

この章で響いた言葉は

愛する能力のある人は、相手の弱点を共に生きようとする。そしてなおそうとする。依存心の強い人は相手の弱点を許せない。

引用:親離れできれば生きることは楽になる:加藤諦三先生著

-共に生きることの重要さ-より

これには身につまされる思いがした。「相手の弱点を共に生きようとする」の箇所が特に。

相手のあるがままの姿、そのままの個性と対面して、相手を操作したり、自分を取り繕ったり、押し殺したりしないで関係していたい。そう思っている。

でも、「依存心の強い人は相手の弱点を許せない」を目にした時にはっとした。ギクリと言う感じ。

以前ほどではないけれど、まだ…ある。

どうしても、相手の弱点が目についてしまい、それが許せないという思いが生まれることがある。ダイレクトに分かりやすい時もあれば、毒環境で作り上げた、無意識下で怒りをたたえた感情がひたひたと心の中に芽生えることがある。

そして、「弱点」の定義は、かつて私が家族との共依存や洗脳の中でこしらえた「べき」にのっとったものだったりする。そのことに気づいて、ぞっとする。

これもまた、取り除く課題なのだと、感じ入る。

「『ゴムの壁』の過程は不幸をつくる」より

読んでいて「静かで恐ろしい」と感じたエピソードがありました。

本書は著者である加藤先生の経験を元に、先生ご本人が抱えておられた生き辛さや、ご自身で解決するために分析してこられた無いようで綴られていますが、この章では『狂気と家族』(R・Dレイン、A・エスター孫著・笠原嘉約・みすず書房刊)の中のエピソードの紹介があります。

 


娘の見解 父母の見解
自分は15歳の時から自慰をはじめた そんなことはなかった
自分は今も辞意をしている そんなことはない
自分は試験のことで悩んだ 彼女はいつも試験にパスしていたのだから、それで悩んだことはなかったし、悩む必要もなかった
自分は母を「襲った」ことをはっきりと覚えているが、説明できない 彼女はそのことを覚えていない

娘の思いは全く無視。親の思い込み、親の描く「娘の理想像」しか存在していないことの怖さをひたひたと感じました。

思い起こせば、私の母もそうでした

母が喜びそうなことでも、どうしてもやりたくない事に対面した小学生の頃、胸の内を母に伝えると「どうしたの?雨水ちゃん、アナタらしくないわ…」と悲しそうに言われました。

確か、上級生を送る会のような学校行事で、何かの劇を下級生が催すもの。

当時、優等生を演じていた私は、その劇で主役をしないかと担任に打診されました。

その役がどうしても嫌だった私は、母にそう告げると、先の言葉

「アナタらしくないわ…」と寂しそうに、悲しそうに言われました。

私は、その劇では大人数でやる合奏がやりたかった。素敵なメロディーの曲が劇の後ろで演奏されることになっていて、それを同級生と演奏したかったのです。

それも伝えると

「そんなことないわよ。アナタはこの役をやるべきだし、やりたいと思っているでしょう?」と。

一事が万事この調子だったなぁと、思い出されます。

会話が成立しない。心が通わない親子関係。

親の望みを押し付けられる関係。一方通行の関係。こちらからの言葉や思いは、いつも届かない。そして、それに従うしかない子供。弱者。

毒親、機能不全家庭にありがちな日常。

子ども自身の世界をお持つことを理解できず、許すことができない。

子供が思い通りにいかないと、「友達が悪い」「ただ疲れているだけだ」と言うご都合主義の解釈を始めたりする。ああ、母も同じだったなぁ、と思います。

これをこの本では「ゴムの壁」と呼んでいました。

 

まともな家庭であれば、衝突を契機にして、新しい人間関係がそこにできてくるのである。

引用:親離れできれば生きることは楽になる:「”なじんんだ環境”がマイナスになる時」より

この章の結びには

「心が病んでしまった人々でも、もしその時、それまで自分を取り囲んでいた人々からあえて離れる冒険をおかしていたら、心がそこまで病むこともなかったであろう」

とも書かれています。

全くその通りだと、今は思います。

でも、私も人生で3回、母から離れたことがありますが、強烈な毒親は子供を放っておかないことを経験上知っています。

一度目は、ありとあらゆる方法で手に入れた私の交友関係者へのストーカーに近い執拗なアプローチにより、私が根負け

二度目は、結婚後、私の離婚を助長するアクションを起こして、数年かけて再洗脳

三度目は、母との「同居→別居」後の揺さぶり。

三度目の揺さぶりに屈せずにいたところ、母は自分の命を懸けて私を連れ戻そうとし、それができないとわかると「自殺未遂チャレンジ」をし、自殺未遂が失敗して本当に亡くなってしまいました。

この章を読んだ時に感じたのは、「毒親とはやっぱり離れないとダメ」ということと、「それが分かっていてもできない洗脳されている被害者のキモチ」はどうしたらいいのか…。ということでした。

自立性と言う人間の情緒の成熟、精神の成長を、病気とか裏切りとか恩知らずとか利己主義者とか、ありとあらゆる非難の言葉を並べて解釈するのが依存心の強い人たちである。

同著:新しい環境でこそ救われるより

ともありました。これも刺さりました。

「雨水は自分勝手だ」と私をののしったり、「裏切られた」「恩師らず」と言う言葉を母は私に何度もぶつけてきました。

まさに「ありとあらゆる非難の言葉を並べて」。

「親の『よい子』の意味を知れ」より

自分と同じものに同じように興味を示さないことは、病気なのである。娘が好きなものと自分が好きなものとが違うなどという事は、想像もできないのである。

母は、私に「優等生」であれ、リーダーシップをとれ、男に負けるな、と言いながら三歩下がる女であるべき、とも言いました。年功序列、年上がえらいと言いながら、年上が目下に譲るものだとこれまた両立しないものを押し付けたり。

とにかくめちゃくちゃだったけれど、一生懸命それを叶えようとして生きていました。

そして、感受性豊かであることも求められ、母が好む季節を好み、母の好むお涙頂戴に涙を流す。母が認めるもの、好きそうなものに対してのアンテナを張り巡らせていたのを思い出します。

書いているだけで気持ち悪い母子だと、今は思います。

自分自身の「私がスキナモノ」「私だけが本当に好きなもの」「ワタシガスキナモノ」が、母の好みに合わないと、そしられました。懐かしいです。

「父親の”寛大さ”の構造」より

最も始末の悪いのが、”俺位相手のことを考えている人間はいない”と言い、そう信じていながら、相手を自分自身の図式に合わせている人間なのである。

(略)

相手を自分の図式にあわせてしか理解しようとしない人間の恐ろしさである。

この子はやがて分裂病になった。

まさに、私も精神障害を患いました。そりゃぁそうだ。ね。本当に。

悲しみの感情とも、喜びの感情とも、正面から向き合わない。自分に対する失望感とも、正面から向き合わない。

自分が深く傷ついているという事にも、正面から向き合わない。そのように自分の感情に正面から向き合わないために、絶えず他人を利用する。

依存症の特徴。親子逆転している家庭の典型がこれに当たると思います。

自分の感情を自分で処理できないから、誰かを巻き込んで昇華する手伝いをさせる。乗っかる。

自分の問題に正面から対峙することができないから、人を利用する。人の感情やトラブルに便乗する。自分の人生を生きない。

自分の人生を生きることを放棄して、人(子供)の人生を思い通りに、自分の理想に近づけるようにコントロールする。

子どもはわからないから、親の愛情に飢えているから必死でそれに答えようとする。

そして、そのまま大人になり、自分の好きなものが分からない、自分がどうしたいのかわからない、分裂症になる。心が壊れる。

「母親の”愛”がもとめるもの」より

自分の感情と向き合わないためには、人を使うのが効果的なのである。(略)

このような人たちとどんなに話し合っても消耗するだけである。

消耗するだけ、だというのが、今はわかる。

でも、ずっと分からなかった。話せば理解し合える、とずっと思っていた。でもだめだった。

そして、「話せばわかる」だなんて、傲慢だという事にも気づいた。この、かつて私が思い込んでいた「話せばわかる」と言う言葉は、共依存言語だから。

「話をしたら、私が思う通りにやってくれる」「話をしたら、私が望むように行動してくれる」「共感してくれる」「認めてくれる」という、押し付け以外の何物でもないモノが含まれているから。

私はもう、こんな言葉は使わない。

話すことは大切だけど、ただそれだけ。理解するもしないも、相手の問題。ただ、それだけなのにね。

この母は、子どもが自分の支配に服している限り、その子が本当によい子だと思う。そしてその支配に服さなくなれば、それは悪い子である騒ぎ立てる、という事になる。

母親は娘を一個の人格とは全く認めていない。

母子共依存、これみんな一緒。

「私はこうして生きることが楽になった」より

いくつか刺さった言葉を箇条書きで抜粋します。

  • 親の望むような感じ方をしなければならない
  • 親に心理的に依存している子供にとって、親への敵意程危険な感情はない
  • 渡曽MP心理的な安全は、全面的に父親が自分のことをどう思っているかにかかっていた
  • 父親が自分に満足した時、私は安心した
  • 父親は自分の満足のために献身することを、私に非言語的に命じていた。そして言語的には、私自身の満足のために私が献身することを命じていた
  • 私は、私自身を裏切り続けた

著者、加藤先生が父親との関係の中で感じた事について綴っていく章。これはまさに、私と母との関係性に酷似していました。

また、この後にも、私と母の間で交わされた(母からお仕着せられた)言葉や、私が感じた思いに似た言葉が連なっていきます。

  • お前は幸せだ、こんな温かい家庭で、良い親父をもって、と言う。
  • 無意識からの突き上げがある。自分が不幸であることは罪である
  • 事故不完全感や自責の念に悩まされる

そして、この本を読んでいて吹き出した箇所。

不機嫌な親は、当然恩着せがましい。

個人的に、これ、名言。何度読んでも胸がスカッとします。笑

不幸を幸福と信じている子供に、親は恩着せがましく迫る。(略)

この父親は、子どもに耐えがたい深いな経験をさせながらも、それさえも恩着せ間が敷くしていたのである。これでは発病しない方がおかしい。

全く同意です。

これでは発病しない方がおかしい。

最高ですよね。ホント。加藤先生、ありがとうございます。

子供に地獄を強要しながら、感謝を要求している。

ムナクソワルイ。ですね。そして、されてきたこと。悲しいこと。

私は、子どもにこれをしない人生を選択できた。と思う。母との決別から、時間はかかったけれど、間に合ったと思う。

「”私は不幸だった”と気づいた時」以降~終わりまで

ここから、著者、加藤先生が「生き方を求める度の終わりのワイン」を飲むシーンがつづられる。

その時の回想シーンと、「自分は不幸だった」という事を認める、腑に落ちたシーンの描写。

読みながら、「ああ、本当に…」としみじみとかみしめるように読みました。

読了後の感想

読了後早くも1か月以上が経過して。その間2回、計3回読みました。

初めて読んだ時は「そうそう!」と膝を叩く勢いで嬉々として読みました。ただ、やっぱり辛かったです。

昔、私が自分を押し殺していた事。自分をないがしろにしていた事を思い出して。辛かったです。

解毒がどこまで終わっているのか、もっと年月を重ねないと本当のところはわからないと思いますが、幼いころからずっとあった希死念慮は、もう何年も前に消えました。

そして、何かミスをした時に「死んでお詫びしないといけない…」というバカみたいな思いも浮かばなくなって久しいです。

 

それでも、やっぱりまだ引っ掛かるポイントがあるなぁと拝読しました。

 

毒親、共依存、愛着生涯、機能不全家庭、アダルトチルドレン、などなど、自分の体験に関係する本を沢山読んできましたが、加藤先生の本は(多分)初めて手に取りました。

もしかすると過去にどこかで何かを読んでいるかもしれませんが…。(殆ど処分してしまってるので不明)

読みやすい文体と、ご自身の体験から丁寧に解説を交えて、どうしたら生きることが楽になるのか、について解説されていてよかったです。

 

生きるのが苦しい、と相談される度に、こちらの本を紹介しています。

特に、男性で辛い方にはお勧めです。

母子共依存で、母と娘の関係についての本は多くありますが、男性向けの、父息子の親子関係本は非常に少ない印象です。

とりあえず、感想をアップしたいので、支離滅裂文章ですが上げてしまいます。

自分の備忘録と、感情の揺れをもう少し丁寧に観る為にも、また加筆修正します。

ご容赦ください。