私と共依存

母のこと

毒母のこと母のころを少し語ろうと思う。

登場人物

母:タカコ

祖母:キク

曾祖母:タケ

としましょう。

 

母は、戦後生まれ。私からみて、母・祖母・曾祖母の女三人の母子家庭で育った。

物心ついたときにはすでに父はなかったそうだ。

祖母は、戦後職業婦人として、お堅い役所勤めだった。

朝から晩まで働き、家に帰ってからも仕事をしていたという。

 

祖母は料理はせず、母は自分の母親が作ってくれた弁当を、生涯で一度も食べたことはないと言っていた。

たいそうな綺麗好き、と言えば聞こえはいいが、病的なまで。

洗濯ものの端がそろっているのは当たり前で、シミはもちろんしわ一つなく畳まれたそれは、私の幼少期にも健在であったし、
母も私も受け継いだその「癖(へき)」は、掃除の後には基本的にチリひとつ、埃一つない状態に家の中をするのがゴールである
という謎の掟がある。

それほどまでに徹底した掃除ぶり、休みの日には朝から家中を洗濯、掃除をし、曾祖母の作る食事と、時折の店屋物で食事をすませていたという。

母の洋服は幼いころから常に誂えもの。

フルオーダーだったと聞いている。

母の幼いころの写真を見せてもらったことがあったが、白黒だったのでよくわからないところもあるが(おそらく)上着と帽子がセットの布地だったのだろうと思われる。

仕立てのよさそうな生地のジャケットと同じ色のようなベレー帽。

ひざ下のプリーツスカートをはき、少しむくれたような表情の母。

 

 

そういえば、母が最期に手元に置いていた荷物の中に、白黒写真があったように記憶している。あれは、どこへやったのか。

一緒に火葬してしまったのか定かではないが、機会があったら探してみたい。

母の写真は、一枚もないから。

 

 

 

ABOUT ME
usui
毒親・機能不全の家庭で育ちました。 母との関係を清算しようと対峙した結果、母は自死しました。 何年もかかりましたが、毒家族との関係を断ち、今では幸せに暮らしています。 鬱やAC、共依存、毒親、精神疾患に苦しむ方やそのご家族のお役に立てることがあれば。思ったことや経験談をシェアしていきます。